阿部酒店コラム

2019年8月13日 22:18

川名社長さん 正直さん

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川名社長さん 正直さん・・・
出会って37年間 色々あったね 
「吾輩は猫である」 最初に猫ラベルのお酒を出したのは正直さんだった
売れなかったけど・・・
これからもっといい夢が見れたのに それも人生ってか・・・
先日11日、川敬商店 黄金澤・橘屋の川名社長さんがお亡くなりになりま
した   娘の由倫さんの誕生日の日だった
一昨年の大吟醸仕込開始の日に倒れ 脳挫傷・・・
その時の診断では回復するはず  だった

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一昨年の七夕花火の日 楽しみにしていた由倫さんは来れなかった
その頃からかな 由倫さんの心の戦いが本格的になった気がする・・・
昨年の15年連続金賞受賞祝を由倫さんとした時 あの酒を由倫さんと飲ん
だ・・・俺が取ってた川名社長さんとの思い出の酒、橘屋 何年前のだ?
ウチの酒 私の酒・・・父が造り伝えたかったのはこの酒だったと思う
あの時の由倫さんが 俺に聞こえないくらいの声で言った・・・
おとうさん     市場が見えなかった頃の昔の酒造り
その酒に父の偉大さ 大変さ ご苦労を垣間見た瞬間だった と、思う

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覚悟はしてたんだな  俺も何となく感じてた・・・
由倫さんが造った酒に答えがある  何度も様子を聞くことはしなかった

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川名社長さん 正直さん  思えばウチとのお付き合いの蔵さんの中で
今では一番古い蔵になっちゃった・・・
あの時代 お酒の売り上げが落ちていくあの時代 何をすべきかお互いに
迷ってた気がする・・・金賞を取って何とか売れてたあの時代
橘屋純米吟醸を立ち上げて飲んだ時 衝撃的だった  うまくない
と、思ったあの時の俺   秋になってとてつもなく美味しくなった
あれから俺と正直社長さんの闘いが?始まった・・・

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橘屋を一回火入れの瓶貯にウチの酒だけしてもらったら いつの間にか
全部が瓶貯に代わってた
橘屋の特別純米も造るようになって 五百万石や美山錦と米を変えやっと
雄町に落ちついて今がある・・・最初の雄町はこれまた衝撃的
春先から出しても美味しくなく 悪いイメージばかりだった・・・
晩秋のあの山廃雄町の味には涙が出た
やめたら っ言ったのに速醸でひとめの橘屋を造ってこれまた売れちゃう
し  只のオリジナルラベルは嫌だ と、言ったらその造りで自分が一番
気に入った造りの酒を俺に売らせて下さって 今の仕込12号が生まれた

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東日本大震災の時は 自分の蔵も大変だったのにウチに駆け付け来てくだ
さった正直社長さん・・・あの時の話も 造り中の酒の話だった
俺の代で黄金澤をなくしたくない・・・と、言ってた正直さん

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川敬さんの蔵に行くのは 大吟醸を搾り上げて落ち着いた頃と決めている
その造りでたった1本の大吟醸に全てがある
大吟醸が落ち着いた頃蔵に行くと 出品前の斗瓶取りが二酒ききチョコに
入ってる・・・
どっちがいがす?・・・と、正直社長さん   俺こっち
意見が合ったのか いつも含み笑いの社長さんでした・・・

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娘が蔵を継いだら酒が売れんだべな~・・・と、言ってた正直さん
だからって事はないって お酒を分かる方が増えれば売れるって
夏酒を造らないとダメかな~・・・と、言ってた正直さん
このうすにごりを夏酒にすれば売れるよ・・・今は玉響となった

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あの時造ったあの酒をもう一度造りたい って言って 造った酒をどうや
って売るべ・・・と、言ってた正直さん  由倫さんに任せてみたら?
HITOMEBOREが生まれた・・・
正直社長さん 黄金澤の蔵はこれからも大丈夫ですから
5年目から突然の製造責任者は2期目でもすごく 精神を受け継ぎ酒を受
け継ぎ 大きく前を向いてます  これからは黙って見てて 
俺も言うし言ってくださる皆様がいるって事は 正直社長さんと違って?
由倫さんの魅力だから

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蕎麦や広東麺 一緒に食べたあのお店は今はない  でも、黄金澤はある
長年一緒に黄金澤を盛り立ててくださった大友さんに 今会いたい

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川名正直社長さん エッ!って思うくらい自分に正直に生きてきた・・・
またどこかでお会いしましょう   さようなら

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ありがとうございます


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